-BACK DOOR's Diary- -February 2019-

      2019/11/07

 

-ネットも一つの社会であるからには、モラルと教育が必要だ-

皆さんお久しぶりです。

ここ数か月月末雑記帳しか書いていませんが、更新を止めない為にも書き続ける事はやめないようにしたいと思っています。
今回の雑記帳のテーマは「最近自分の周りで話題となっている事」に少しフォーカスします。
これだけだと何のことを書くのか少々わかりづらいかもしれませんが、最近ではSNSに関する話題があります。

SNSといえば、最近は様々なサービスが世の中に存在します。
つい10年ほど前はおおよそ誰もが使う言葉ではなかったはずですが、今では誰もが口にしています。

かくいう自分もSNSは利用しています。
おそらく一番最初に始めたのが「mixi(ミクシィ)」で数か月経ってある程度慣れてきた頃、フリーのサービスでブログも始めました。
確かfc2あたりだったと記憶していますが、その頃は漠然としたブログのイメージすらなくただの日記帳のようなものを書いていたと思います。

かなりその界隈の人には懐かしい話題となりますが、当時「M.U.G.E.N」というオープンソースのフリー格闘ゲームエンジンにハマっていました。
「M.U.G.E.N」はコードや専用のツールの使い方を理解していれば自作の手書きイラストからコンシューマゲームのキャラクターまで格闘ゲームのキャラとして再現できるのが魅力で、作者の妄想を具現化したキャラクターからコンシューマゲームのシステムや動き一つ一つのフレーム数まで完全再現したプロ顔負けの再現キャラクターまで存在し、そんなキャラクター達を作品だけでなくセンス、ギャグ、ネタというあらゆる垣根を越えて対決させる事ができるとても面白いツールでした。

自分はその中でもキャラクターが勝利した時に専用の画面で特殊な勝利演出を追加したり、如何にダメージを受けずに勝利したかによって評価を行う「残体力評価システム」を追加したりする「アドオン」と呼ばれるものを他の作者様が公開しているシステムのコードを見よう見まねで組み合わせながら作って公開していました。
その時にホームページビルダーを使って公開用サイトを作ったり、低容量の無料サーバを利用していたりもしました。
当時はBBSという掲示板でのやり取りが主流でmixiを始めるまではBBSを使って不特定多数の人々と交流していたので「ネット上で不特定多数のユーザーと文字媒体での交流を行う」という意味でのネット利用歴はもっと長いと思います。

さて、少し脱線してしまいましたが最近は自分の周辺で「ネット利用敬遠論」が囁かれています。
最近はSNSにおバカな動画や写真を上げて自滅する輩がいたり、SNS上での男女関係のもつれから事件に発展したりして「SNSは危ない」という意識が高まりつつあります。
だけど、ネットは「危ない」という一言で切り捨てられるべきではないと考えます。
自分自身を等身大で表現する事は今の時代、あらゆるメディアやツールによって簡単になりましたが、自分自身をそのままネットに映し出してしまうのは危険だと考えています。
つまりネットとの付き合い方さえ考えていれば、「ネットは危ない、SNSは危険」と切り捨てる必要はないと思うです。
それについてちょっと自分なりの考えを書いていきます。

スポンサーリンク

自分の時代は「半年ROMれ」があった

自分がネットに初めて触れた時、当時小学生くらいでしたがネットには「半年ROMれ」という言葉があり、当時はまだアングラ扱いであった「2ちゃんねる」などではネット上でのルール(ネチケット、現在はネットマナー)がなっていないユーザーに対して「半年ROMれ」という言葉を投げかける風潮がありました。

この「半年ROM(Read Only Member)れ」とは意訳で「お前はネットマナーがなっていない。下手に書き込まずに読む事に半年でも時間をかけて学習し直せ」というバファリン宜しく「厳しさ半分優しさ半分」みたいなニュアンスを含んだ言葉なのですが、本当に半年勉強するかどうかはともかく「ネットでのマナーを学ぶ為に安易に書き込まずにしばらく見る事に徹してルールを知る」という機会を与える為の言い得て妙ともいえる先人の知恵がありました。
(実際には様々なニュアンスがあるので厳しいイメージが大半ではありましたが)

しかし現状はどうでしょう。
そんな先人たちの知恵は今にも風化しかかり、ネットの知識に乏しいまま老若男女問わずTwitterやfacebookというソーシャルの海に駆り出している現状があるではありませんか。

ネットマナーの常識や教育を十分に受けていないユーザーが知識不足のままネットの広い海に、自分がネットにアクセスし始めた時とは比べ物にならないくらい不特定多数のユーザーが存在するネットへ簡単に繋がる事が出来てしまうのです。
自分はこの現状をかなり危惧しています。

身分不相応な武器や装備で戦場へ行こうとして「お前はまだこの戦場を知らなすぎる。まずは様子見からはじめろ。」と諌められるのが「半年ROMれ」であり、これは安易にネットに接続し軽率な言動や行動によって自分の身を滅ぼす事にならないようにさせる「唯一の善意として受け取れる抑止力」であったと言えます。

しかしながらTwitterをはじめ、facebookや生まれ続けるSNSサービスではこの抑止力がほとんど機能していません。
SNSでの炎上案件やトラブルは「バカが可視化されただけ」という見方もありますが、それは結果論でプロセス的には「事前に抑止力が働いたり、やらかして一度トラブッたバカは学習してバカではなくなる」事で「今までバカは潜在的なラインでしか見え隠れしなかった」のだが「スマートフォンの普及やネットへの接続に対する金銭的・技術的敷居が下がった事」「抑止力が機能しないままバカがバカのまま大量にネットに流出する事で目立つようになった」という見方を自分はしています。

昔は軽率な発言や言動・書き込みをすると「ネチケットがなってない。半年ROMれ」と言われてシュン…となったり反論のしようがない指摘を受けたりして掲示板を眺めるだけの日々を送り同様に叩かれる人の様を見て「他人の振り見て我が振り直せ」の精神の土台ができてくるとようやく一人前のネットユーザーになると思うのですが、今はそれがほとんど機能していないのではないかという事です。

もっと言えば、Twitterやfacebookにバカが書き込むと「類は友を呼ぶ」よろしく同レベル帯のバカしか集まってきません。
そんな連中が他のユーザーを諌められるはずがなく単に「見てると面白いから」という単純かつ無責任な理由で「いいね」や「リツイート」をして拡散させます。
拡散に加担した時点でいくら普段は常識人であろうが有名人であろうがその一発で「同レベルのバカ」に成り下がるだけです。

このような事が日常茶飯事に行われているのが今のインターネットなのです。

「Web2.0」時代は終わりに向かう

ではインターネットとは以前からそういう状況だったかというとそういうわけではありませんでした。
最初こそ限られた人達の為の場所であったとはいえ、自分がアクセスし始めた時は「すごい!顔も見えないけど自分の発言にすぐに返信が返ってくる!」だとか「この人がやってるホームページの日記面白いな、下手なエッセイより為になりそうだ。」という「可能性に満ち溢れた場所」のイメージが強かったのです。

その後インターネットでは2007年前後に「Web2.0」という言葉が流行りました。
ティム・オライリー(Tim O'Reilly)という人物が提唱した概念で狭い意味ではテレビ局や新聞社、HPやネットを使ってCMを打つ企業などをはじめとした情報の発信者とネットにアクセスする不特定多数のネットユーザーはそれらの情報を受け取る受信者という固定化された情報の流れが変わり、ユーザーはネットに提供される膨大な情報の海から検索エンジンを使って自ら情報を探したり、ホームページ・ブログ・SNSを利用してネットユーザーが情報の発信を自由に行う事ができるようになるというものです。

同時にWikipediaのように不特定多数のネットユーザーが議論しあったり情報を提供したりしながらネット上に有意義な情報源としてのコンテンツや便利なサービスを生み出していく為の開発姿勢そのものを体現したりもします。

しかしネット上に有用な情報が集まり誰でも質の高い知識や教養、サービスやコンテンツにいつでもどこでも誰もが簡単に触れる事ができるようになると言われてきた「Web2.0」時代は終わりに向かいつつあるかもしれません。

Facebookをはじめとしたユーザーの個人情報を握りながらその個人情報に値段をつけビジネスをする企業が増え、膨大になった情報を管理のずさんさから漏洩してしまう事件が多くなりました。
巷にはお粗末なWebメディアがフェイクニュースを発信し虚偽や出鱈目でアフィリエイトを展開するインチキ業者と広告代理店、ファクトチェックが甘く大手メディアですら騙される始末。
アフィリエイト報酬欲しさに劣等感を抱えるユーザーを煽りまくる自称インフルエンサーやブロガー。
それに乗せられて不用意な発言や言動、本来直前で思いとどまり、するべきでない行動になぜか走ってしまうSNSユーザー。
「今目の前に出てくる情報が正しいのかどうか」というファクトチェックに常に頭のリソースを割かなければいけない時代。
「その情報が正しい」というのは誰が判断し、誰がその情報の価値を担保するのか。
誰を信じ、何を持って「その情報は正しくない」というのか。

今「Web3.0」という新しい概念が確立されつつあります。
その先駆けが「ブロックチェーン」「仮想通貨」だとも言われています。

価値はユーザー同士で担保し、情報は一極集中ではなく「本来持つべき人が持つ」ようになります。
ハッキング等による漏洩の恐れも少なく、情報が膨大になり一極集中される事によるサーバーダウンもない。
あらゆるサービスが相互運用的に繋がり、サービス同士が閉じておらず分散型のサービスが主流になっていく。
つまりより便利に、安全になる代わりにそれらの仕組みを理解し活用できるようにする知識が必要になるという事です。

やがて新たな「Web3.0」企業が生まれ、かつて情報が一極集中していた「GAFA(※)」に取って代わられるようになります。
やがて自身の情報だけでなくそれによって生まれるサービスの価値もモラルをはじめとしたユーザー自身が価値を担保するようになるので「Web3.0」の概念が普及するとそういった分散型のサービスが主流になる事でネットユーザーには今まで以上の「強い自己管理能力」が求められることになります。
(※GAFA:アメリカ合衆国におけるGoogle、Amazon.com、Facebook、Apple Inc.の4つの主要IT企業の頭文字を取って総称する呼称)

それは現在叫ばれるネットマナーにとどまらず、ネットリテラシーひいては自己管理能力をつける為の本格的な情報教育が既に求められているという事にはならないでしょうか。

ネットとの付き合い方を考えよう

ネットにアクセスしている、または繋がってしまっている人のうち大半の方はこういったインターネットに対する知識が不足する傾向にあるのではないでしょうか。
一般的には知識、というよりもルールやモラル、リテラシーそのものの基礎が育っていないままの状態とも言えます。

でもそういった知識が不足しているからと言って「ネットは危険!SNSは危険!」と突き放すのは間違っています。
そんなことをしようものなら「Web3.0」時代の到来についていく事はおろか、取り残されてしまうでしょう。

本来インターネットは「上手に利用するもの」であり「強制的に繋がされるもの」ではなかったはずです。
インターネットをうまく利用する、上手に付き合っていく事でいくらでも有意義なものに出来るはずなのです。

ではどうすればネットを有意義なものとして上手に付き合っていく事ができるのでしょうか。

ネットマナーを啓蒙する書籍やセミナー等は探せばあるものの、それが本当に有効かどうかは今の所完全に証明はされていません。
自分自身も多くの失敗や経験から「こうしよう」「ああしよう」と決まり事を決めてネットを利用してきたクチなので偉そうに講釈を垂れるつもりもありません。

ただ、パソコンが家にある事自体が珍しがられてきた時代に小学生からネットに触れ時間を共に過ごしてきた自身ですが、未だ歯をガタガタ震わせるようなトラブルに見舞われていない事はほんの少し自慢です。

なので自分自身が心に刻みつけている「インターネット教訓」をとりあえずここに残しておこうと思うので参考にしてください。
まぁ役に立つかどうかはともかく「それを真似するだけでは大変な事にはならない」という事だけは言えるとおもいますので。

【大人も子供も今から真似できるインターネット教訓】

  1. SNSのタイムラインは様子見から始めろ。いきなり発言するべからず。
  2. 一番自分が親しい人に話しても大丈夫な話題からつぶやくべし。
  3. 自分の顔や体だけでなく身近な他人が写った写真は慎重に取り扱うべし。
  4. 軽い気持ちで「いいね」「リツイート」するべからず。
  5. 他人と自分、意識や常識の水準が違う事を前提にするべし。
  6. SNSでの言動が怪しい他人に自信の情報を開示するべからず。
  7. SNSには「つぶやかない」「反応しない」権利がある事を理解すべし。
  8. ソース原理主義になるべし。書いてある事を鵜呑みにせず、自分で調べる癖をつけるべし。
  9. SNSで悩みを相談しない。安易に困っている事を打ち明けたりするべからず。
  10. 口癖・タメ口・略語を極力慎むべし。標準語で発信する癖をつけるべし。

あらゆるメディア・教材・ソースを活用しよう

さきほど、書籍やセミナーだけではネットマナーを身に着けるには十分でないと書きました。

自分の場合、書籍やネット上の情報や記事を参考にしつつ実際にSNSでタイムラインを眺めながら膨大な事例を「これはダメ」「これは大丈夫」と一つ一つ判別しながら複合的に活用する事が重要だと考えています。
何の知識もない人が書籍や講座を受講する事は構いません。
ですが、危険なのは「本を読んだだけ」「講座を受講しただけ」の状態でいる事です。

これは勉強と同じで「実際に事例に遭遇しない事には重要性の再確認ができない」という事に繋がります。
SNSは文字数制限が少ないと言ってもきちんとした情報発信は少ない文字数でも起承転結がはっきりしていたりこそあど言葉・てにをはの構成が正しくできていたりするものです。
そういった「良い事例」と暴言や場所が特定できる写真・脈絡がなく崩壊したつぶやきなどの「悪い事例」を膨大な量に触れ、自分の感覚と意識を磨くのが最も近道だと考えます。

これからの「Web3.0」時代の到来に備えてこういった事から始めるインターネットをきちんと上手に利用する事ができるようになるでしょう。
勿論若年層世代や子供に教えるなら下手な問題の解き方より断然重要になってくるでしょうという事を啓蒙して2月度の月末雑記帳を締めたいと思います。

参考

iTunes検索

 - 雑記帳 -Note-